Uyeda Jeweller
Column
和洋ジュエリー手帖
vol.10

コロナ禍はジュエリーに革新をもたらすか

 

本間 恵子 / Keiko Homma

 ジュエリーの長い歴史のなかで、最も今日的なジュエリーが初めて登場したのは、20世紀のアール・デコの時代です。この時期、ジュエリーが古く重々しい衣を脱いで、軽やかでモダンなデザインとなったのには、さまざまな理由が考えられます。一番大きかった理由は、ライフスタイルの変化でした。

 第一次世界大戦が終結した頃、アール・デコの灯はともりました。あまりにも多くの男性たちが戦争にかり出されたため、働き手が減り、女性の社会進出が加速。1920年代にはドレスの丈も、髪も短くなって、女性たちは動きやすくなりました。仕事と恋に生き、学び、化粧し、スポーツに興じることもできるようになりました。ほんの少し前まで、女性たちはコルセットで身体を拘束し、よき妻よき母として家庭を守るという通念のままに生きていたにも関わらず、です。

 社会全体も激しく変わっていました。20世紀の初頭にはまだ大通りに馬車が見られましたが、アール・デコ期はもはや自動車の時代。タイタニック号のような大型の船舶が海を行き交い、鉄道も敷設距離をどんどん伸ばして、飛行機も旅客を運び始めました。ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルディングが着工したのも1920年代です。機械とスピードの時代の始まりでした。

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アールデコブローチ(大正末期から昭和初期)/ An art déco brooch (around 1920 - 1930)
エメラルドの強いグリーンはアールデコ・ジュエリーによくマッチします。エメラルドとダイヤのプラチナ製ブローチ。大正末期から昭和初期。(ウエダジュエラー所蔵)

 シンプルかつモダン、そして都会的で自由な、現代に通じる新しいライフスタイルが生まれたのは、まさにこの時期。だからこそアール・デコのジュエリーは、旧来の様式から切り離されたような大胆さを持ち得たのかもしれません。プラチナという新素材の普及、ガスバーナーや宝石研磨技術の進歩といったことも、デザインの革新を飛躍させました。

 古来のジュエリーは、ほとんどが「何かの形を模したもの」でした。草花や動物、昆虫、魚、人間など、身の回りの生きとし生けるものがモティーフになっていました。幾何学的なフォルムやストリームラインが初めてジュエリーのモティーフになったのは、この時期のことです。船や列車の発達で大量に流れ込んだ日本や中国、アフリカの文物もデザインに影響を与え、ツタンカーメンの王墓発見のニュースはエジプト風デザインの熱狂的なブームを呼びました。

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1917年頃に描かれたアール・デコ様式のジュエリーのデザイン画。カルティエなどにデザイン画を提供したロンドンのデザイナー、オーギュスト・パジョ(Auguste Pageot)による。© The V&A Museum

 アール・デコの名前の由来が、1925年(大正14年)にパリで開催された「エクスポズィスィヨン・アンテルナスィヨナル・デザール・デコラティフ・エ・アンデュストリエル・モデルヌ(現代産業装飾芸術国際博覧会、通称アール・デコ博)」にあることは知られている通り。25年かかったのです。引きずってきた1800年代的なものを振り払い、完全に20世紀的なジュエリーが生まれるのに。

 当たり前ではありますが、日めくりカレンダーをめくるように、ある日19世紀から20世紀へとがらりと変わるわけではありません。古きものがじわじわと退潮し、さざ波の寄せるように新しきものがやってきて、1925年のアール・デコ博に至ったのです。

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ロンドンのデザイナー、エドモン・パジョ(Edmond Pageot)が描いたアール・デコ様式のジュエリーのデザイン画。© The V&A Museum

ひるがえって2020年の現代。大きな革新におよそ四半世紀がかかるなら、もうそろそろ何かが芽生えていていいはずです。21世紀ならではのジュエリーと、胸をはって呼べるような何かが。

 たとえばそれは、デジタルの進歩で可能になった3Dモデリングのデザインかもしれません。手描きのデザイン画では決して表現できないような立体のジュエリーが、すでに生まれてきています。またはEメールやスマートフォンの普及で、世界中の鉱山と宝石商たちが自由につながるようになったことなのかもしれません。もしかしたら合成ダイヤモンドジュエリーの登場や、サステナビリティへの高い意識もその一端かもしれません。私たちは、エポックの訪れに立ち会っているのです。

 ステイホーム、ニューノーマル。日常生活が変わる、と繰り返し叫ばれているいま、COVID-19のパンデミックも、ジュエリーを大きく変えようとしているのでしょうか。

 完全にNOとはいいきれません。ライフスタイルが変わり、ファッションが変わると、それにつれてジュエリーのトレンドも移り変わるからです。

 どこに行くにもマスクを着用することになり、大ぶりなイヤリングや長く垂れ下がるイヤリングは、マスクに引っかかってしまうため、つけにくくなりました。リングも出番が少なくなっています。一日に何度も石けんで手を洗ったり、アルコールで消毒するため、デリケートな宝石のついたリングをつけるのは気が引けるのです。

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アールデコブローチ(大正から昭和初期)/ An art déco brooch (around 1910 - 1930)
アールデコ様式のブローチ。プラチナ・真珠・ダイヤの白とオニキスの黒の色彩の対比が鮮やかな帯留め。大正から昭和初期頃。(ウエダジュエラー所蔵)

 代わりに注目が集まっているのが、ブローチやネックレス。上半身のジュエリーは「ビデオ会議映え」してくれるからです。大ぶりのブレスレットや腕時計も、手元を飾るアイテムとして注目度が急速に上昇中。でもそれは、選び方が変わっただけのこと。こんな事象から21世紀を方向づける新しいクリエーションが生まれてくるでしょうか。

 緊急事態宣言のもと、ジュエリーは「不要不急」でした。けれど心を明るくするために、心にうるおいを与えるために、美しいものはやはり生活に必要なのだと、緊急事態宣言は気づかせてくれました。身につける人を勇気づけ、胸を温かな気持ちで満たしてくれるジュエリーのあり方そのものは、確かだったものが揺らいだ日々でも一向に変わらなかったのです。

 髪形やかぶりもののはやりによってイヤリングが売れなくなったり、手袋の流行でリングの人気が落ちたりすることは、ずっと昔からありました。コイフやストマッカー、シャトレーヌなど、ファッションの変遷によってジュエリー史から消えてなくなったアイテムもさまざまにあります。これも、選び方が変わっただけのこと。流行に左右されてうつろうことはあっても、身につける人を美しくいろどるというジュエリーの本質自体が変わることはなかったのです。

 ですからいまは、いつか未知のウイルスを克服した頃に見えてくるであろうジュエリーの新時代のために、アンテナをいつも鋭敏にしておきましょう。21世紀のアール・デコ誕生の気配が、もうおぼろげにただよい始めているのですから。

本間恵子プロフィール

Keiko Homma

ジュエリーとウォッチ専門のジャーナリスト。
デザイナーからジュエリー専門誌のエディターに転身し、現在はフリーランサーとして国内外を取材。
ジュエリーの最新情報を新聞や女性誌、美術誌などに寄稿している。
セミナーやTVコメンテーターとしての活動も多数。