古代より宝冠、ネックレス、リングやカメオなどのジュエリーは絵画などに比べても格段に重要な歴史を持つ美術品でしたが、19世紀に始まったジュエリーの大量生産、大衆化の流れの中で、その価値の本質が見失われ、単なる女性の装飾品にすぎないものとして、長らく正当に評価されてきませんでした。そのジュエリーというロストアートに出逢い、開眼させられ、コレクションを自らの使命として三十数年。私どもの許にも世界中の美術館から出品の依頼が絶えず寄せられるようになり、すでに東京国立博物館、ボストン美術館、ヴィクトリア&アルバート美術館など国内外の美術館にて40回以上の展覧会に出品協力して参りました。
人類が宝石の美に感動し、収集するようになったことを示す最古の遺跡は、約二十万年ほど前。インドのシンギタラトでは原始人がその近辺では産出しない水晶を遥かかなたから集め、宝物のように大切にインスタレーションしていたことが報告されています。
イスラエルとアルジェリアの遺跡からは、装飾品としては人類最古となる約十万年前の貝殻で出来たネックレスが発見されています。ちなみにアルタミラ、ラスコーの洞窟絵画は、1万年から3万5千年前のものです。
メソポタミアやエジプトでは神権政治が行われ、宝石・ジュエリーは、王や祭司が神事を行う際に重要な役割を担うものであったと考えられます。古代メソポタミアにおいて宝石彫刻の歴史は、粘土版に楔形文字で刻んだ契約書に“神々の御名において”押印した円筒印章(シリンダーシール:めのうなどに神々の姿などが陰刻されたもの)が始原と言われています。エジプトのスカラベの造形に源を持つカメオは、アレキサンダー大王の時代から盛んになります。ギリシャ・ローマの神々の姿を宝石に彫ったカメオ(陽刻)やインタリオ(陰刻)を王たちが身につけることは、そこに招魂された神々の生命を己れの生命に纏うことにほかなりません。
中世ヨーロッパでは、高位の聖職者はみなサファイアの指輪を着用することを義務づけられており、異端裁判の審問官も身を護るためにサファイアの指輪を着用しました。
宝石は己の精神を純化する聖具であり、生身では勝てない魔力に対する護符でもあったのです。
ルネサンス時代、メディチ家の財産目録に記載されていた最高額の美術品目は絵画ではなくカメオでした。現在ナポリの国立博物館に所蔵されている、プトレマイオス朝エジプト(ギリシャ人の王朝)で作られたカメオ・ファルネーゼの皿は、フィレンツェの統治者であるメディチ家の当主ロレンツォ・デ・メディチが所有する絵画の中で最高の評価を得ていたフラ・アンジェリコの作品100倍の価値がありました。また、宝石やジュエリーはヨーロッパ各国が銀行より戦費などを借りる際に担保として使われました。まさに宝石、ジュエリーは財宝であり、国家財産の基盤でもあったのです。
バロック絶対王権時代、ルイ14世など王たちは、王権の強大さを顕示するものとして壮麗な宝石・ジュエリーのコレクションを目指します。ザクセン王、アウグスト強健公によるコレクションは今もドレスデンのグリーンボルトで見ることができます。
18世紀ロシアのエカテリーナ2世が最も愛し、蒐集に力を注いだカメオ・インタリオのコレクションはエルミタージュ美術館に残されています。新古典主義の時代、西欧古典に対する教養を証するものとして優れたカメオ・インタリオは君主貴族達の争奪戦の対象となりました。
古代に源を持ち、ナポレオンI世の時代に劇的に復活したティアラは、単に富と権力の象徴というだけではなく、着用する人を“浄める”聖なる役割がその本質です。古代ギリシャ、ローマの神殿の巫女や神官達は、神事の時には必ずオリーブや月桂樹のティアラを身に着けて神に仕えました。ティアラを着け、身を浄めて初めて神々が降臨する依拠(よりしろ)となることが出来たのです。
ダライラマ法王様は、‟ジュエリーとは何でしょうか?”という私の質問に対して、‟佛にはいくつかの姿があります。一つはダルマ(法、真理)としての佛、一つは我々一切衆生を救う為に真如(真理)の世界からこの世界へ降臨する佛達。その多くが宝冠やネックレスなどのジュエリーを付けています。それは「私たちはあなたがたを救う為に真如の世界から来た者です。」ということを真理の世界の美を身に纏うことで示しています。” とお答えになられました。
光通信や半導体の世界的権威の西澤潤一先生(元東北大学学長)は「物質には本質的に安定しようとする方向性があります。最も安定したかたちが結晶であり、その究極の姿が宝石です。物質は結晶化が進むにつれて、より純粋になり、透明になり、硬く、美しくなります。その意味では全ての物質は宝石になろうとする方向性を潜在的に持っており、人間の肉体も宝石になりたいという方向性を持っていると考えて良いでしょう。」とおっしゃいました。物質の純化のプロセスは人間の精神が混沌から純粋な信仰や悟りを目指す昇華のプロセスのようです。
人類の価値観の最大の転換点はルネサンス時代です。それまでの神中心、真理中心の価値観から人間中心の価値観への劇的なシフトが起こったのです。
芸術面では、レオナルド・ダ・ヴィンチなどのルネサンスの天才達の競演を経て、絵画の時代がやってきます。そしてヒューマニズム(人間中心主義)が絵画の発展を後押ししました。人間の感受性、知性が絵画には最大に表現されているからです。
宝石、ジュエリーはルネサンス以降依然として美術工芸、財宝としては主流であったものの、ヒューマニズムの台頭、科学文明の発達、資本主義の発展による「神々の没落」と共に少しずつ力を失っていき、19世紀の南アフリカからのダイヤモンドやゴールドラッシュによる素材の劇的な供給増加により「宝物」から「消費財」「商品」と性格を変えて行き、20世紀の終わりには良くてもデコラティブアート(装飾美術)悪ければ単なる女性の贅沢品、と考えられ、はてはデパートやテレビショッピングのバーゲン品のメインアイテムまで貶められてしまい、世界はジュエリーの本質を完全に見失ってしまいました。
しかし最近になってようやくジュエリーもアートとしてみる動きが世界的に戻ってきています。
もとより資本主義は資本の増殖を至上の命題とするものであり、ヒューマニズムは人間の幸福を至上の命題とするものです。ルネサンス以前はこの地上において神のみ教えのもといかに生きるべきかがテーマであったものが、資本主義の成立以降は ‟如何に利益をあげて、資本を増やすか?” がテーマとなり、人類はむさぼるように天然資源を浪費してきたのです。そして今日では地球はもはや人類の生存の継続が危ぶまれるところまで来てしまいました。空気が汚れ、水が汚れ、緑が失われて、地球から“美”が失われれば人類は滅びる。二十一世紀において“美”は単なる飾りではなく、“人類の生存をかけたコンセプト”なのです。
これからは全てが人間の為にあるという人間中心の価値観ではなく、地球中心の価値観としてのテラリズム、すなわち多くの生命体が生存しているこの地球環境をいかに良き状態に維持し、人間がそこにいかに適合して生存してゆくかという地球中心の価値観が主流となることでしょう。
その劇的な価値観の転換点である今、地球の生み出した自然の美である宝石と、人間の祈りの造形であるジュエリーが、もう一度人間の精神や生命に深くかかわるものとして、人間中心の価値観から“あるべき姿の地球があり、そこに人間もバランスよく共生しているという地球中心の価値観への変容を促す美、芸術として新たな役割をルネサンス(復活)する必然性と必要性が生まれているのです。
ルーブル美術館の真の価値は、建物ではありません。そこに集う学者:研究者達でもありません。そこに‟集まっている作品”、が価値の本体であり、その作品に触れて人々が得る‟感動”こそが価値の本質です。たとえ1点でも、その感動が深ければそれはその人にとっての美術館となります。
人類の究極のジュエリーを皆で力を合わせて集めるとは、ジュエリーの‟ルーブル美術館”を創造するということです。‟集めるとはルーブルになるという事”なのです。そしてその美術館は永遠に全世界の人々に深い感動を与え、人類の魂を浄め、地球を浄めるものとなるのです。
小さな力も集まれば大きな力となります。皆で力を合わせて‟人類の究極のジュエリー”を収集し世界の多くの人々にそれに触れる機会を創り続ければ、世界の誰もが達成しえなかった、‟永遠の美と感動の創造と全人類の魂の変容”という偉大なる価値の創造に大きな貢献ができるのです。そしてその時には全世界からの、そして天上の神々からの絶賛と感謝のメッセージが寄せられることになるでしょう。
神が与えたもうた”地球の美である宝石”と“人間の祈りの造形”であるジュエリーという分野において、メソポタミアからアールデコまでを中心とした美的インパクトと本質的価値を兼ね備えた、究極のコレクションを創造し、世界を巡回する展覧会や究極の宝飾美術館創設などを通じて、その美と感動の世界を体験できる機会を創造することができるならば、全世界に存在するジュエリーの本質的意味が変わり、人類への影響が変わります。行き過ぎた‟人間中心の価値観(エゴ・キャピタリズム)”から、地球のあるべき姿があり、それに人間もバランス良く適合しているという‟地球中心の価値観(テラリズム)”へと人類の魂が変容するために重要な契機となり得るのです。
そしてそれは世界人類にとって大きな精神的文化遺産となり、地球文明に対する偉大なる貢献となりましょう。
以上の意をお汲み取りいただき、全人類の現在そして未来のために、究極の美的インパクトを備えた人類5千年の宝飾品のコレクションを創造し、全世界での恒常的な巡回展覧会の実現と、本質的存在価値と役割において世界に比類なき究極の宝飾美術館創設へご協力賜りますよう、ここに謹んでお願い申し上げます。
アルビオンアート株式会社代表取締役。宝石商として活躍するとともに世界的なアンティーク・ジュエリーのコレクターとしても知られる。アルビオンアート・ジュエリー・インスティテュート主催。2005年より2017年迄東京芸術大学非常勤講師(ジュエリー史担当)。2009年フランス共和国芸術文化勲章シュヴァリエを授与される。2019年よりメトロポリタン美術館国際評議会会員。